鏡の中の僕に、花束を・・・

「何？」
あり得ない音に、二人とも怯えた。てっきり、社長が帰って来たと思ったからだ。
しかし、実際にはカップが落ちただけだ。ホッとした。
「カップが落ちただけか・・・。」
彼女は言った。しかし、不思議だ。カップはテーブルの中央に置いてあった。本来なら、けっして落ちるはずがない。
「何でだろ？」
僕はそう言って寒気が走った。ふと頭に、奴が過ぎったのだ。
「どうかした？」
「な、何でもないよ。社長だったら、どうしようかと思っただけ。」
「そうだね。お父さんじゃなくて良かった。」
彼女は落ちたカップを片付け始めた。
「俺がどうかしたか？」
廊下から、社長の声がした。僕も彼女も驚いた。あと少し、カップが落ちるタイミングがズレていたらどうなっただろう。そう考えると、肝を冷やした。
「あ、ううん、何でもないよ。」
社長の顔を見ずに、彼女は答えた。僕も同じ感じだ。
「社長が出掛けたって聞いたので、ここで待たせてもらってたんです。」
どこか自分におかしな所はないかと、気が気でなかった。
「なんだ、合鍵があったろうに・・・。」
「それが見つからなくて。」
「そっか。じゃ、また作っておかなくちゃな。美園、これで作っておいてくれ。」
キーホルダーから鍵を外し、彼女に渡した。
「うん、一個でいいよね。」
「いや、二つ頼む。」
「なんで？」
「今日みたいな事があっても困るだろう？だから、こいつの分だ。」
「えっ？」
驚いた。まさか、僕に鍵を渡してくれるとは思ってもみなかったからだ。社長にそれだけ信頼されていると思うとうれしくなった。同時に、彼女とあんな風になる事はないのだと思うと哀しくなった。もっともそうなったら、そうなったで困るのは僕なのだから、それで良かったのだろう。
「わかった。二つ、作っておくね。」
彼女の声は、不満そうだった。
「どうした？不満そうだな？」
「そんな事ないよ。気にしないで。」
「なら、いいんだが・・・。」
釈然としなかったが、これ以上言っても怒るだけだ。何も言わないでおいた。