鏡の中の僕に、花束を・・・
僕たちは徐々に、電車の揺れに合わせて位置が変わっていく。僕も気がつくと、いつの間にか鞄の客から離れ、違う客の後ろにいた。痛みはない。だから、それ以上は気にする事もなかった。
突然だった。僕は手首を掴まれた。
「痴漢です。」
とてつもなく大きな声だ。その声と手首を掴まれていると言う事実が同期した。
“僕?”
当然、僕は何もしていない。しかし、この前にいる女子高生は、そうは思ってくれてはいないようだ。しっかりと手首を掴み、けっして放そうとはしてくれない。
このまま駅に着いたら、どうなる?考えたくもない。デートどころではなくなるのは確実だ。なんとか、なんとかしなければ。手首を何回か回してみたが、混雑している車内では、なかなかに難しい。とても取れそうにない。
その時だ。視線を感じた。隣に前歯の抜けた男がいた。その男が、僕を見て笑ってるのだ。
“こいつが犯人か?”
態度から考えても、そうに違いない。彼女は、こいつの手首を掴むべきなのだ。どうにかしたい。
電車は進む。本来の速度の二倍増しくらいの速度に感じた。もう、次の駅に着いてしまう。どうしたらいいんだ?
ゆっくりとホームに電車は入っていく。ゆっくり、ゆっくり。この電車が停まった時、僕は終わってしまう。鼓動は早くなり足掻きを求めるが、思考はすでに諦めていた。
そして、ドアが開いた。
手首が軽くなっていた。女子高生は力いっぱい誰かをホームに連れ出そうとしていた。グイグイと引っ張るが、僕は電車の中にいた。代わりに連れ出されたのは、隣にいた前歯の抜けた男だ。いつの間にか、手首を掴まれていた人物が入れ替わっていたのだ。
男はパニックを起こしていた。僕もだ。何がなんだか、意味がわからない。
ただ、言える事。それは僕は助かったと言う事だ。前歯の抜けた男は叫んでいた。駅員に取り押さえられ、抵抗していた。もし何かが起きなければ、あそこにいたのは僕だ。背筋に冷たいものが走らずにはいられなかった。
「助かった・・・。」
安堵の言葉が漏れた。
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