鏡の中の僕に、花束を・・・
ミラーハウスは、本当に誰もいない。完全に二人だけの世界になれる。それもあり、彼女は思わぬ提案をしてきた。
「ねぇ?」
「何?」
「一緒に入るんじゃなくて、少し時間をズラして入らない?」
「いいけど・・・。なんで?」
「だって、その方が面白そうじゃない?いや?」
「ううん、いいよ。」
よく考えもせず、僕は承諾した。きっと、鏡の中にいる奴は笑っていたに違いない。
「じゃ、私から行くね。ちゃんと見つけてよね。」
彼女はミラーハウスの中に消えていった。彼女と約束した通り、五分後に中に入った。
無数の僕がいた。
頭が痒くなり、左手で掻いた。すると、鏡の中では右手で、無数の僕が掻いている。テレビなどでもそうだが、自分の利き手ではない方で同じ作業をされると、なんとも言えない違和感がある。それがこれだけの数にやられるのだから、その違和感は尋常ではないものになっていた。
「気持ち悪いな。」
思わず呟いた。
「お前の方が気持ち悪いさ。」
ビクンと体が震えた。どこからか、声が聞こえた気がした。
「ん?誰だ?」
しかし、誰の声も聞こえて来ない。空耳だったのか?それにしては、はっきり聞こえた。
「お前か?」
奴の事が頭を過る。ただ、僕の知っている奴は、たどたどしい言葉しか発せないはずだ。
「・・・。」
やはり返事はなかった。それに奴なら、真っ先に僕を狙いに来るはずだ。
「気のせいか・・・。」
この時、気がつけば良かった。無数にいた僕の中で、一人勝手にいなくなっている奴がいた事を。

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