鏡の中の僕に、花束を・・・
すごい音が聞こえた。
「何か、今の音?」
美園は閉じていた瞼を開いた。それに気づき、奴は近づきかけていた顔を慌てて離した。
「誰か来たみたいだね。」
そう言った後、音の聞こえて来た方向を見た。美園からは奴の顔は見えない。それで良かった。奴は苦虫を噛み潰したかのような顔つきになっていたからだ。
“もう、来たのか?”
奴には、その音が僕だとわかったていたようだ。
「どうする?このまま、ここにいるのもあれだよね?」
「そうだね、ここにいてもしょうがないね。」
それからひと呼吸おき、つけ加えた。
「あぁ、もっと一緒に、二人きりでいたかったなぁ。」
「だね。」
「じゃ、後で・・・。あ、いいや、ごめん。」
「何、教えて?」
「いや、美園さんの家に行きたいなって・・・。ダメだよね?」
「ううん、いいよ。」
「ホントに?うれしいな。」
奴は笑った。
「じゃ、とりあえずここを出よう。でも、ただ、出るんじゃ面白くないから、今度は僕が先に行くね。捕まえてよ!」
人差し指を立て、彼女の鼻を軽く押した。
「痛いよ。もう・・・。」
痛くはない。ただ、そう言いたかっただけだ。
「じゃ、行くね。待ってるよ。」
「うん、すぐに捕まえるからね。」
奴は行ってしまった。鏡の中の世界へ。しかし、それを美園が知る事はなかった。
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