鏡の中の僕に、花束を・・・
20
「大変だ。人が、人がホームに落ちた。」
「人が電車に引かれた。」
周りにいた客たちは一様に騒いでいた。
「あぁ、ぁあ、えぇ・・・。」
声にならない声。涙は枯れる事なく流れ続け、美園はその場にへたり込んだ。
「あなた、大丈夫?」
過呼吸気味の美園を気にかけた中年女性が、彼女の隣で介抱していた。
「あぁ・・・。うぅ・・・。」
完全におかしくなっていた。無理もない。目の前で、彼氏が電車に引かれたのだ。彼女の悲しみ、恐怖、嫌悪、全ての負の要素が美園を包み込む。それはへドロのように絡みつき、容易に離れる事はない。
「落ち着いて。ねっ、落ち着いて。」
婦人はビニール袋を取り出し、美園の口元に近づけた。
「ほら、深呼吸して。深呼吸して。ゆっくり、ゆっくり・・・。」
「ひぃ、はぅ・・・。」
乱れた呼吸はなかなか整わない。
「もっと、もっと深呼吸するのよ。」
婦人の横を、駅員が駆け抜けた。
「おいっ、こっちだ。」
怒号にも似た叫びだ。それは不安定な美園の心には刺激が強過ぎた。激しく怯える。それを見て婦人は駅員に言った。
「ちょっと、この子の様子見て何とも思わないの?少しは気遣って小さな声で話しなさいよ。」
「そうは言っても。」
「そうも、へったくれもないわよ。この子、目の前で彼氏が引かれるの見ちゃったのよ。その気持ちわかる?わかるでしょ?だから、少しは気を使いなさい。」
「あ、はい。すみません。」
婦人の勢いに押される形で、駅員は小さな声で話すようになった。
「ほら、これで大丈夫。落ち着いてね。」
美園の肩をやさしく抱いた。
しかし、ホームが静かだったのは一瞬だった。


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