鏡の中の僕に、花束を・・・
「お邪魔します。」
美園の家は以前と変わっていない。部屋に入った時の一歩目は玄関マットだ。毛足の長い犬の絵が描かれたマット。やわらかい。こんな感覚なのだと感じた。次にあるのがフローリングの感覚。対象的な感覚だ。
「これなんだけど・・・。」
美園はテーブルの上に、ノートパソコンを置いた。
「これ、電源入らないんだよね。」
「電源入らないの?何かした?」
「ううん、何も・・・。」
美園は首を横に振った。
「何もしてないのに、急に電源入らなくなったの?」
「うん、使ってたら急に画面が真っ黒になってそれっきり。」
今度は首を縦に振った。
「もしかして・・・。」
パソコンの後ろを覗いた。思った通りだ。電源ケーブルが外れかかっている。充電が出来ないパソコンは、電池を使い果たしたのだろう。電源ケーブルを奥まで深く挿し、電源ボタンを押した。軽やかな音と共にパソコンは目覚めた。
「すごい。なんで?!」
「後ろにケーブルついてるでしょ?」
「うん、あるね?」
「それが外れかかっていただけ。これじゃ充電出来ないからさ。それで電源落ちちゃったんだよ。」
種明かしされれば、実に簡単な事だった。こんな事で呼んでしまった事を、美園は申し訳なく思った。
「ごめん。わざわざ呼ぶまでもなかったね。」
「いいよ。パッと見はつながっているように見えたからね。気づかなくてもしょうがないよ。」
「そうか・・・。でも、本当にありがとうね。」
「そんなに気にしなくていいって。じゃ、俺の用は終わりだね。」
立ち上がろうとすると、美園は止めた。
「そんなすぐに帰らなくていいよ。せっかくだから、お茶くらい飲んでけば?」
心の中で笑った。この言葉を待ってましたと言わんばかりに笑った。
「ありがとう。そうしようかな?」
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