( 新撰組 * 恋情録 )

 「 はぁ‥ 」

 貸し切りのお風呂に響く、
 大きな溜め息。



 「 どうしたんだろ、土方さん‥ 」



 温めのお湯を指で弄びながら、
 思い浮かべるのは彼のこと。



 何度聞いても 何でもねぇ、としか
 答えなくて、難しい顔で何かを
 考えてるみたいだった‥



 * * *



 『 お、お前、風呂入って来い 』

 『 ‥へ? 』

 『 三日以上も寝てたんだ、
   汗かいてんだろ?ほら‥、 』

 土方さんはごそごそと押し入れを
 漁ると、新しい着物を取り出す。

 『 これ、着替え 』

 だから早く行け、と言わんばかりに
 あたしの背中を押して―‥



 『 っ 』



 ―――ふと、手を離した。



 え? と振り返ると土方さんは
 怯えたような悲しいような顔で
 自分の手の平とあたしの背中を
 交互に見つめている。



 『 ‥土方、さん? 』

 『 ! な、何でもねぇから
   さっさと風呂に行きやがれ‥! 』



 半ば追い出されるように部屋を
 出たあたしの後ろで、ぴしゃんと
 襖が閉まる音、そして土方さんの
 抑えた溜め息が聞こえた。



 * * *
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