( 新撰組 * 恋情録 )
「 遅くなりました 」
深呼吸して笑顔を作ってから
台所の暖簾を潜る。
「 構いませんよ 」
すると、今日の夕食当番らしい
山南さんが 眼鏡の奥の
目を細めて微笑んだ。
――山南さんとは、あまり話を
したことがない。
見るからに頭が良さそうで、いつでも
冷静に 一歩引いた所から物事を
眺めて、最善の判断を下しそうな―‥
そう、それがどんなに冷酷な
判断で有ろうとも。
‥そんな印象を、彼は抱かせる。
感情の波に流され易いタイプの
あたしから見ると、彼は何となく
話し掛け辛い存在なのだった。
( 同じ冷静でも、土方さんは
大丈夫なんだけどなぁ‥ )
何でだろ、という疑問に一旦蓋をして
山南さんにお礼を述べると、
あたしは調理の準備に取り掛かった。
「 ‥沖田くんの様子はどうですか? 」
調理を進める音だけで満たされた
沈黙を破ったのは、山南さんの
そんな問い掛け。
「 熱の方はほぼ心配ないと思います。
でも、中々意識が戻らなくて‥ 」
「 そう、ですか‥ 」
台所に再び 居心地の悪い
沈黙が降りる。
「 早く目が覚めなければ、彼も‥ 」
これだけ静かでも やっと耳に届く程の
小さな声で紡がれた、山南さんの呟き。
「 え‥? 」
彼 " も " って、どういう意味‥?
思わず首を傾げたあたしが
口を開こうとしたその時。
「 霧島くん、申し訳ありませんが
そこのお椀を取って頂けますか? 」
と、山南さんの右手が
棚の上を指差した。