夢中遊泳、その先に君

落ち着いたオルゴール。
暖めたタオル。
脳波に働きかけるクラシック音楽。

たくさんの試したこと。もの。でも、そのたくさんは一つも効かなかった。

ヒロイチのクマは一向にひどくなるばかりだ。

その色はまるで、どんどんと夜が更けていくかのように。


ヒロイチは、きっと怖いはずだ。

ベッドに横たわるヒロイチの後頭部に、こつんと。

自分の額をくっつけて、声に出さずにわたしは言った。大丈夫だよ。

声に出して、わたしは言った。


「…大丈夫、ヒロイチ」


ヒロイチ。ヒロ。ひーくん。

ヒロイチの名前をいろんな愛称に変化させたあと、わたしは続ける。


「なんなら、添い寝してあげようか」


ヒロイチの肩は揺れなかった。けれど、空気が一気にぎゅっと縮こまるのを感じた。

ヒロイチの低めの声が、夜に響く。


「…添い寝だけじゃすまねぇぞ」
「すまさなくてもいいよ?」


明るく、笑いを含んで言ったのに、ヒロイチはつっぱねるようにわたしに背中を向けたままだ。


「…アカリ、いっつも言ってたくせに」


キスをしたあとに。肩に両手が触れる前に。

唇を一度離して。唇同士をくっつけて。

瞳の中で、いたずらに笑って。


──結婚するまで、そういうことはしないの。

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