夢でもいい
「ちがう!あんなのちがう!」

すると、脱衣所のドアが開く音がしてガラスドアごしに兄の声がした。

「ただいま。おーい、なに叫んでんだ?」

ただいま?そうか、家族が帰宅する時間だったのか。
外が暗かったので、夜中だと思っていたが、あれからそんなに時間は経過していなかったのか…。


「お兄ちゃん、おかえりなさい。虫がいたからびっくりして。大丈夫、水で流しちゃったから!」

「おぉ、そうか。なあ、炊飯器のスイッチ入ってないみたいだけど、今日って、晩飯は蕎麦とかなの?」

しまった!

「ごめん!忘れてた!早炊きでスイッチ入れてくれる?いま出るから。」

「ああ、急がなくていいよ。スイッチ入れとくから。」

みちるは、いっきに現実に引き戻されたのでホッとした。

早々にシャワーを浴びて、夕飯の支度をはじめた。
兄の一也は、ビールを飲みながらテレビの前でくつろいでいた。

そこに父と母が帰って来た。

「あれ、一緒に帰ってきたの?珍しいね。」

「雪が結構ふってきたから、お父さんに迎えに来てもらったのよ。」

「一也、みちる、明日は30分早く家を出なさい。積もりそうだぞ。」

父はオーバーをハンガーにかけ、チャンネルを天気番組に変えた。

「やっぱりな。積雪注意だとよ。」

明日、学校に行くのがさらに憂鬱になった。

食卓を皆で囲んで早々にご馳走さまと、みちるは立ち上がった。

「あら、もういいの?」

母親が聞くと、みちるは頭が痛いんだと言い訳をして自分の部屋に入ってしまった。

「あら、珍しいわね。風邪でもひいたのかしらね?」

父親と母親の感心は、すぐにニュース番組に向けられた。
兄の一也だけは、妹の異変に気づいていた。

食事が済むと、一也はみちるの部屋のドアをノックした。

「おい、大丈夫かぁ?」

みちるは布団を頭まですっぽりかぶり、寝たふりをした。

「…」

一也は何かあったなと思いながら、みちるをひとりにしてやった。
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