屍都市Ⅱ
九重 颯太(ここのえ はやた)
ノックもなくドアが開かれる。

「あれえ?珍しい、颯(そう)くん帰ってきてんじゃん」

そう言って華鈴は目を丸くしながら呟く。

「華鈴かよ…」

余程重要なスクープ記事なのだろうか。

颯太は咄嗟に隠したパソコンのモニタから両手を放し、溜息をついた。

「んー?エッチなサイトでも見てたの?」

「馬鹿、記事書いてたんだよ。仕事は自宅に持ち帰らない主義なんだがなぁ…」

ガシガシと頭を掻いて、そばに置いてあったマグカップのコーヒーを一口啜る。

原稿を書くのに熱中していたせいだろうか。

コーヒーはすっかり温くなってしまっていた。

「熱いの淹れ直してあげる」

颯太の横に立ち、ヒョイとマグカップを取り上げる華鈴。

…その際に彼女は苦笑いして、颯太の顎を軽く撫でた。

「颯くん無精髭剃りなよぉ…そんなんじゃいつまでもお嫁さん来ないよぉ?」

「うるせっ」

颯太もまた苦笑いを返す。

「早く結婚して可愛い妹を安心させてよね、颯くんっ」

部屋を出て行く華鈴。

…それは、ある日の平穏な記憶。

あの頃はまだ、こんな平凡だが幸せな日々が続くと信じて疑わなかった…。

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