夢幻の姫君
それは“あの日”から1年が過ぎた頃、あの子は気づいてしまった。

 難しい顔をしている真琴に向かって話しかける。

「どうしたの?」
「母さん、俺、ハルがいなくなる時『バイバイ』って聞こえたんだ」

 私は驚いてしまった。もうこの子は真実にたどりつきはじめている。
何も言えないまま黙っていると真琴は言葉を続ける。

「父さんもその時同じような顔をしていたけど、何も言わないんだ。1年たってもハルは帰ってこないし」

もう、だめなのかも知れない。私たち夫婦は、彼女の望むものをそのままにしてあげたかった。でも考えると彼女の望むものは、家族と平和な生活と、彼らだったのでは、と。

 真実をきいたこの子達がどうするかはこの子達しだい……いや、追いかけて行きそうね。

 彼女は私に気を使ったのかもしれない。寂しい私に。

でも、自分の幸せは自分の思い方しだい。真琴はきっと私ではないあのこを選ぶであろう。早い巣立ちに、胸を痛めるが、そういうものだと言い聞かせる。

「母さん?」

なかなか話そうとしない私に不審に思った真琴が訊く。
 言ってしまおうか? きっと健人さんは、この判断をわかってくれるはずだと信じて―――――

「あのね。真琴。落ち着いてきくのよ。実は―――――」
< 89 / 210 >

この作品をシェア

pagetop