微笑みは瞳の奥へ(更新休止中)
「芳野さん、大丈夫?」
そう声をかけてみるが、彼女は無言で包丁とじゃが芋を持ち直し、再び剥き始める。
手元は震え、どう見ても大丈夫では無さそうだ。
「あの、退治しないの……?」
「……」
素朴な疑問は黙殺され、彼女は皮剥きを続ける。
黒い生き物はカサカサと壁を伝い、冷蔵庫の裏へと消えてしまった。
何の為の殺虫剤だったのだろう……。
「ぼっちゃん……大丈夫、です……」
時間差で返ってきたその台詞には、まるで説得力が無い。
「退治は……します」
と、か細い声で付け足される。
絶対、無理だ。
「……。いいよ、無理しなくて」
ゴキブリが目に入る度に包丁を落とされては、危なくて仕方が無い。
調理台の上の殺虫剤を手に取る。
冷蔵庫の方を見れば、下からタイミング良くゴキブリが頭を出していた。