微笑みは瞳の奥へ(更新休止中)
箸を置いて立ち上がり、台所を覗いてみる。
流し台で洗い物をしている後ろ姿は、いつもと変わらないように見えた。
「……謝ったのって、ゴキブリの事?」
さっきの彼女の態度。
不快という訳ではなく、何となく、もやもやしてすっきりしない。
「はい」
彼女は洗い物を一旦止め、こちらに向き直る。
「……大変、失礼しました」
畏まった様子で頭を下げる芳野さん。
「そんな、大袈裟な……」
始めは、確かに彼女を失礼な人だと思っていた。
それは、言葉使い以外の細かい態度について感じる事。
どこか、俺に対してよそよそしいような……
そんな空気は今も変わらない。
だけど、殆ど表情を崩さない彼女が見せる人間らしい一面――
驚いたり、時折、照れ隠しみたいに顔を逸らしたり……
さっきのゴキブリに対する反応だってそうだ。
ほんの、僅かな間だが、彼女の素顔が見えたようで、嬉しかった。
「わたしは契約でここにいるのに、ぼっちゃんに迷惑をかけました」
「……」
迷惑だなんて、思っていない。
そう言いたいのに、声にはならなかった。