あひるの仔に天使の羽根を


――トントン。


ノックの音を響かせて、部屋に入ってきたのは玲くんで。



「芹霞、退院手続きとってきたよ、出る準備はいい?」



こちらに身体を忍ばせ彼がドアを閉めれば、幾分か歓声のトーンは下がったようだ。


それでも声は途切れることはなく。


それに対して無反応の玲くんは、いつもの通り優雅な佇まいで優しくあたしを見つめる。


鳶色の瞳、鳶色の髪。


優しげに整った、端麗な顔。


2ヶ月間、担当医としてずっと付き添ってくれた彼は、今日をもってあたしと一緒に帰るつもりらしく、医師の権威の象徴たる白衣は着衣していない。


白衣を脱げば、あたしが親しみ慣れた20歳の白皙の美青年で、回復した日常に安堵するのと同時に、玲くんと2人で過ごした貴重な2ヶ月の終焉を感じて、やはり寂しくなってしまう。


「退院してからも、僕はずっと君の担当医だからね」


あたしの表情から悟った、聡い玲くんは、蕾が花開くようなふわりとした微笑みを見せた。


いつも心がほこっと温かくなるような笑み。


「だから僕以外の誰にも、君の身体を触れさせてはいけないよ?」


……時折、色気満開に妖しく微笑むから、鼻血を吹き出しそうになるけど。



「いい加減――、


こっち気付けよ、芹霞ッ!!!」



褐色の瞳を苛立たせ、怒鳴りながら大股でずんずんと入ってきたのは、橙色の髪をした幼馴染みの如月煌で。


玲くんに気を取られて、ドアが開いたことはおろか、190cm近い煌の巨体さえも視界に入っていなかった。


「持つッ!!!」


あたしがまとめたボストンバックを奪い取り、軽々と片手で肩にかけると、反対の手であたしの手を掴んだ。


「行くッ!!!」


何でこんなに機嫌悪いんだろう。元より煌は野性的な顔つきをしているから、不機嫌になると険阻に輪をかける。


17歳とは思えない程の…修羅場をくぐり抜けてきた者特有の凄みを、精悍な顔に滲ませる。


だけど――顔は何故か真っ赤だ。



< 10 / 1,396 >

この作品をシェア

pagetop