あひるの仔に天使の羽根を
――トントン。
ノックの音を響かせて、部屋に入ってきたのは玲くんで。
「芹霞、退院手続きとってきたよ、出る準備はいい?」
こちらに身体を忍ばせ彼がドアを閉めれば、幾分か歓声のトーンは下がったようだ。
それでも声は途切れることはなく。
それに対して無反応の玲くんは、いつもの通り優雅な佇まいで優しくあたしを見つめる。
鳶色の瞳、鳶色の髪。
優しげに整った、端麗な顔。
2ヶ月間、担当医としてずっと付き添ってくれた彼は、今日をもってあたしと一緒に帰るつもりらしく、医師の権威の象徴たる白衣は着衣していない。
白衣を脱げば、あたしが親しみ慣れた20歳の白皙の美青年で、回復した日常に安堵するのと同時に、玲くんと2人で過ごした貴重な2ヶ月の終焉を感じて、やはり寂しくなってしまう。
「退院してからも、僕はずっと君の担当医だからね」
あたしの表情から悟った、聡い玲くんは、蕾が花開くようなふわりとした微笑みを見せた。
いつも心がほこっと温かくなるような笑み。
「だから僕以外の誰にも、君の身体を触れさせてはいけないよ?」
……時折、色気満開に妖しく微笑むから、鼻血を吹き出しそうになるけど。
「いい加減――、
こっち気付けよ、芹霞ッ!!!」
褐色の瞳を苛立たせ、怒鳴りながら大股でずんずんと入ってきたのは、橙色の髪をした幼馴染みの如月煌で。
玲くんに気を取られて、ドアが開いたことはおろか、190cm近い煌の巨体さえも視界に入っていなかった。
「持つッ!!!」
あたしがまとめたボストンバックを奪い取り、軽々と片手で肩にかけると、反対の手であたしの手を掴んだ。
「行くッ!!!」
何でこんなに機嫌悪いんだろう。元より煌は野性的な顔つきをしているから、不機嫌になると険阻に輪をかける。
17歳とは思えない程の…修羅場をくぐり抜けてきた者特有の凄みを、精悍な顔に滲ませる。
だけど――顔は何故か真っ赤だ。