あひるの仔に天使の羽根を
完全気配を悟れず、動きについていけなかった煌は、目を瞠って声を漏らしている。
私はそれを馬鹿には出来ない。
私だって、反応できない程の速さだったから。
「煌。ここは僕に任せろ。何処まで時間かせげるか判らないけど」
堅い表情の玲様から、煌に託された櫂様の血染め石。
条件反射のように受け止めた煌が口を開く前に、
「それはそれは。力を分散して身体に負荷をかけた状態で。更には心臓が本調子ではない…白き稲妻が私如きの相手をしてくれますか。
友という名の部下を庇う…崇高な献身さは結構なこと。しかしその献身的な優しさが命取りになると…我が主は言っていましたけれど」
「主とは…教祖のことか!? それとも各務か!?」
私の問いに、榊は含んだ笑いを浮かべた。
そして胸の前で十字を切る。
「父と子と精霊との御名によって」
その、過去幾度も彼から耳にした、神への祈願文。
世間に馴染みある…信者の祈りの文句に、
「え……?」
驚愕に満ちた顔で、反応したのは玲様で。
「優しく…そして聡い。成る程、我が主も君を気に入るわけだ。前回は聞き逃すほど、激昂していたというわけですか」
くつくつ、くつくつ。
それは何処かで見たような、酷薄めいた顔で。
私の記憶を刺激する笑い方で。
「――無駄話はやめよ。
状況が変わったのだ。
時間に制約があること知っておろう、榊」
突然響いたのは、艶やかな声。
闇をも引き裂く、鮮やかな緋色。