あひるの仔に天使の羽根を
「ねえ。そんなに、あたしが帰ってくるの嫌?」
不機嫌な理由は、それしか思いつかない。
結構――ショックで項垂れてしまう。
すると足を止めた煌が、こちらを振り返らずして叫んだ。
「~~ッッ!!!
なわけねえだろッ!!!
早く帰ってきて欲しかったのに、
早くずっと2人になりてえのに。
お前はずっと玲と一緒に居て、
その上身体に触れるって何だよ!
……………くそッ!!!」
嫌われてはないようだが、何を言いたいのか全く判らない。
再度説明を求めようとした時――
「体調はどうだ、芹霞」
ふっと風が吹いて嗅ぎ慣れた、爽やかなシトラスの香りに包まれた。
耳に心地よく響く、玲瓏な声。
煌に繋がれていた手を遮り、片手でくいとあたしの腰を引き、斜め上方からの至近距離であたしを覗き込むのは、憂いの含んだ切れ長の目。
その眼差しの奥には、あたしの計り知れない漆黒の闇が拡がっている。
そこいらの美形偶像(アイドル)など足下にも及ばず、王者の気高さと貫禄さ、そして迸(ほとばし)る威圧感で常に周囲を圧倒しながらも、一介の庶民であるあたしを包み込むようにして優しく微笑む我が幼馴染。
己の信条"完璧主義"を完璧に遂行し、8年前の惰弱さをものの見事に払拭してしまった彼は、東京を中心に躍進中の紫堂財閥の直系であり、満場一致の次期当主だ。
17歳にして、先代が築き上げた紫堂財閥の資産を、倍近くに拡大させたという畏敬の対象は、あたしとは永遠以上の強い絆を持った男。