あひるの仔に天使の羽根を
そんな中で遠坂だけが、例の如く八の字の眉で。
「ねえ、神崎…皆のことは覚えているのかい?」
誰も怖くて聞けねえことを、遠坂が聞いた。
「覚えてって…煌と櫂と桜ちゃんと、由香ちゃん?」
「ふう、認識は出来ているようだけれど…心が冷めている顔だよね。邪痕は…ああ、かなり薄れてはいるけどかろうじてはあるか。完全に記憶無くしているわけでもないんだね。夢心地なんだろうか。
神崎、はいこれ」
遠坂が、芹霞に何か紙切れを渡した。
肩の上で息を飲む音がして。
「これ…あたし? でも何、これ」
「………。その分だと…その存在を忘れていたようだね。…ああ、全く。大役果たせるかと思いきや、読んでもまるで変化ないじゃんか。ボクが渡した意味、全くないよ~、神崎の馬鹿」
困ったように両手で髪を掻き毟った遠坂は、やがて真っ直ぐに芹霞に目を合わせた。
「ねえ…君にとって永遠は、今誰のもの?」
核心をつく遠坂の声に、誰もが芹霞を注視した。
"櫂"
いつものなら躊躇うことなくそう断言するだろう芹霞の口からは、その名前が出てこねえ。
俺だって、正直櫂とばかり"永遠"を見せつけられていたことは、面白くねえけれど、だけどその上でお前に恋したんだ。
判っていて、そんなお前を好きになったんだ。
だけど俺、櫂以外の男に永遠を捧げるお前なんか見たくねえ。
そんなの俺が惚れているお前じゃねえ。
芹霞からは返答が無く。
悲痛な顔をしていた櫂の顔が、色味を無くして苦しそうに歪み――
ガツン
項垂れた櫂が…伸ばした拳を真横の壁に打ち付けた。
拳から伝わり…滴り落ちる真紅の液体は、剥離した壁の一部と混ざり合って舞い散って。
普通の壁なら、間違いなく粉砕ものの力を持ってしても、この特殊素材にはこんな程度の衝撃にしかならず…いや、そんなことよりも。
その黒い壁の欠片に混ざる赤さが、まるで狂いの色のように見えて。
「櫂……」
俺はその名を呼ぶしか出来ねえ。