あひるの仔に天使の羽根を


項垂れて…俺が羨望するさらさらと零れた漆黒の髪を、乱暴に掻き毟るかのように片手を添えて。


壁に打ち付けたまま、小刻みに振えている拳。


それだけで櫂のダメージがどれ程のものか、判るだろう。


櫂をここまで乱すのは、芹霞しかいない。


その芹霞の眼差しは…どことなくぼんやりとしていて。


ゆっくりと上げられた櫂の…懇願にも似た射竦めるような鋭い瞳に、

芹霞はぼんやりとしたまま受け流して。


櫂の想いを受け流して――



「止めろ、紫堂!!!」



憤ったように、櫂が芹霞に手を伸ばした時、遠坂の声がした。


「言いたいこと沢山あるのは判る。だけど今、最優先すべき事柄じゃない。時間制限あるんだ、ここでゲームオーバーにする気か!!?」


正論かもしれねえ。


だけどよ、櫂の気持ち…判るんだ、痛い程。


芹霞しか見えていなかったのは、芹霞との"永遠性"にあるから。


それが否定されれば、櫂はどうなる?


櫂が操られていた時に、芹霞が受けたダメージよりも、何十倍もショックを受けているはずだ。


それくらい、櫂は芹霞に恋い焦がれているのだから。


あの時の芹霞みたいに、物分かりよくなんか終われねえ。


操られている気配もなく、今の芹霞が今まで秘めた心情の発現だと言われれば、櫂が本能的に荒れる様も目に見えるんだ。


自分の存在意義はなんだったのだと。


俺だって、本能的な危惧を感じている。


だから玲だって発作起こしたんだから。


外部的要因がなければ、それが芹霞の本心だっていうことだろ?


俺達なんざ、擦抜けられるような軽い存在だったということだろ?


今までの…お前の思い出って、お前にとって何だったんだ?

俺達の想いって…お前にとって何だったんだよ!!?


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