あひるの仔に天使の羽根を
「とろとろ話している時間がねえんだよ。お前達なら、力なくても体術で切り抜けられるだろ。だから行けよ!!!」
強張った顔で笑う煌。
「お前達の後ろは守ってやる。
だから少しだけだから…」
そして僕の元に居る芹霞の手を引っ張って。
「簡単に終わらせるなよ、俺しぶとさだけがウリだから。お前だって判ってるだろ? そうやって8年も暮らしてきたじゃねえか、俺達」
そう笑って、頬に唇を寄せた。
「……逃がさねえよ?」
まるで獣のような目をして。
「早く行け!!!」
そう、僕達を急がせた。
「せりかちゃん…」
「旭……」
何をどうすることもなく、ただ互いの名を呼び合っている2人には、互いの何かが伝わったのだろうか。
「せりかちゃん…おねがいします……」
やがて旭が頭を下げた。
「旭!!!」
煌が声を荒げて叫ぶ。
「しみったれたこと言うな!!! 今生の別れじゃねえんだよ!!!
俺達も後で行くからな。おいしい処は残しておけよ?」
離れたくない。
一緒に居たい。
切ない眼差しは、一途に芹霞に向けられていて。
それでも精一杯笑顔を見せた煌に、僕達は言葉を詰まらせた。
「ああ、必ず追って来い、煌!!!」
櫂が吐き捨てるように言って――
僕達は塔の上階目指して、螺旋階段を駆け上る。
櫂は不思議なくらい、芹霞に近寄ろうとしない。
多分、芹霞に接すれば…彼の心が壊れてしまうことを懸念しているのだろう。
ぎりぎりの処で、自分を立て直しているんだろう。
本来の…彼の気性ならば、芹霞を自分の元から離さない。
塔にも近づけさせないだろう。
泣いても土下座しても、絶対芹霞を手に入れようとする。
僕だって、同じ心なんだから。
それでも。
芹霞の決意を覆せるだけの、決定打がないんだ。
そこに、いつもの芹霞が…その心がないのなら、それはただの…道化にしか過ぎず。
だから、最悪の事態に備えて…強さを保とうとしている。
なあ、櫂。
諦めるなよ。
あんな男に芹霞をくれてやる真似だけはするなよ。