あひるの仔に天使の羽根を
「坊と玲ばかり話が判るのは不公平だと思わんか? …話してやろう、13年前の出来事を」
緋狭姉が、神秘的な黒い瞳を揺らす。
「――どうだ? その間だけ、私の結界に入っているというのは。幸い、戦闘員は足りているようだ。まあ…何も聞かずに飛び出したいというのなら、無理には止めぬが?」
俺達が拒否できないような、絶好の餌をちらつかせて。
にやりと笑う緋狭姉の顔は、何処までもいつもの如く…とことん意地悪なものだったけれど、哀しみに満ちた深い翳りに…俺達は何も言い返す事は出来なかった。
「13年前――」
それを俺達の返事だとみなした緋狭姉は、静かに語り出す。
赤い光に覆われた俺達に。
「紅皇職についたばかりの私は、紫堂に与せず…古来より元老院に"力"を公認され、権威を与えられた特別な旧家の…定期調査として各務家を訪れた。
元々各務は謎に包まれている家柄で、何故家を移したのか…そして"祭"がどんなものか具体的実態を明かそうとする者はなく…それに不穏さを感じた私は、それを調べようと赴いたのだ。更には元老院が採集目論む魔道書"屍食教典儀"。それがあるという噂の真偽を確かめる為に。まさか、芹霞が密かに忍び込んでいるとも知らず」
俺は塔を見上げ、今はいない芹霞の面影を追う。
「若さ故か、私には白皇…シロがその時の執事だとは見抜けなかった。判っていれば…私は調査を断念して芹霞を連れ戻したろう。
五皇でありながら、滅多に姿を見せないシロ。素性はさることながら、アオすら把握出来ぬ奴の行動が、芹霞を巻き込んでしまうと判っていれば」
そして緋狭姉は、ぎゅっと手に拳を作る。
「私は…若すぎたのだ。芹霞は…幼児は何の影響力を持たぬ、私さえ芹霞を見張ればいいのだと…。己の力を過信し過ぎていたのやも知れぬ」
緋狭姉は…静かに言った。
「芹霞が…各務家の双子、刹那に惚れたことで、刹那は狂った。芹霞が刹那に"永遠"を約束してしまった故に」
――櫂とあたしは"永遠"なの!!!
「兄の久遠、天使の旭を始めとして、各務の住人全て"力"で殺し、芹霞に迫ったのだ。"永遠の愛"を。
各務翁と助けた女が、"食べる""食べられる"ことで"愛"を示したように、即ち――
芹霞が刹那を食するか、刹那が芹霞を食するか。
究極の二択を迫った」