あひるの仔に天使の羽根を
「……櫂、喧嘩でもした?」
こっそり訊いてみると、
「まだ、といえばいいのかな。我慢させるにいいだけ我慢させてきたから、解禁日の今日は特に感情の発露が顕著だ。俺を含めてね」
当惑したような顔をしながらも、それでもその目には挑発的な光が湛えられており、どんな時でもやはり紫堂櫂は不敵に構えていて。
「喧嘩しないでよ?」
小さい子を諭すように、人差し指を突き立てて窘(たしな)めれば
「まあ、お前次第だが…俺も譲る気はないからな」
軽く櫂にいなされてしまった。
あたし次第って何だろう……と思いつつ、やはり何だか不穏なこの場の空気はどうしても居たたまれなく、
「あたし……退院、するんだけどな~」
歓迎ムードじゃないのがちょっぴり寂しい。
「神崎~ッッ!! 退院おめでとおぉぉぉ~」
存在自体が元気一杯そうな遠坂由香ちゃんが、突然病室に飛び込んできてあたしに抱きついた。
長い髪をまとめ上げて、白衣と聴診器、ミニスカなのは……女医のコスプレで病院を闊歩してきたらしい。
「あ、ありがとう~。由香ちゃんまでお迎えありがとね」
とある縁で仲良くなった彼女。
まだ一部、あたしには理解出来ない世界を持ってはいるものの、最近はそれを含めて彼女だと思えるようになってきた。
横には桜ちゃんが立って居て、由香ちゃんの勢いに押しつぶされそうになっているあたしを苦笑まじりに見つめながら、会釈してくれた。
相変わらず桜ちゃんは、黒を身に纏う2つ結いのゴスロリ人形のように、大きい目をくりくりさせて愛らしい。男の子には絶対見えない。
そんなことをぼんやり思っていたら、あたしの胸に何かの感触が。
「やっぱり君って意外に胸が大きいよね、もにもにもにもに。ああ、いいねえ、この触り心地」
その声に場はしんと静まり返り、そんな中で、あたしの慌てた声が無情に響き渡る。
「あ……やン…ゆ、由香ちゃん、も、揉まないでってば~ッ!!!」
多分。
第三者的な立場でいれたならば、あたしのその声に誘発されたように、同じ室内に居る男達がとった三者三様の反応を愉しむことが出来ただろう。