あひるの仔に天使の羽根を
 

――せりかちゃん。



旭くんに突然そう呼ばれた時。


不思議に懐かしい心地がした。


――また会えて嬉しかったです。


あたしは、昔何処かで旭くんに会った事があったのだろうか。


微塵にも思い出せない。


思い出すのは、心臓に突き刺さる刃物で。


「芹霞顔色悪い。大丈夫? 

心臓、おかしい!?」


玲くんが担当医の顔で聞いてきた。


「心臓は大丈夫。多分精神的」


あたしは笑って答える。


「不整脈は出てないね。傷口、膿んだりしてない?」


手首をとって脈を図った後、玲くんはいつものように胸の傷口を触診しようとして、


「必要ない」


あたしは櫂に浚われた。


一瞬――。


櫂と玲くんのぶつかる視線に不穏なものを感じたけれど、辺りに拡がる慣れたシトラスの香りに、泣きたくなる心地を抑えるのが精一杯で。


駄目だ、泣くな、泣くんじゃない。


「玲。すまんが、俺を芹霞と2人にさせてくれ」


暫くして、玲くんの溜息が遠のいた。

暗闇の中、櫂はあたしをそっと抱きかかえるようにして、人目につかない細い脇道に入ると、櫂はあたしごと座り込んだ。


あたしは櫂と向かい合ったまま、櫂の両足の中にすっぽりと収まる。


櫂の折り曲げた長い足が、正座したあたしのウエストにあたり、挟まれて身動きは出来ない。

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