あひるの仔に天使の羽根を
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「ねえ、家に帰るんだよね?」


お迎えの車は、全員分が収納できる胴長特注リムジンで。


運転手は見かけぬ童顔の男だったが、全員に会釈していたところを見れば、紫堂の関係者なんだろう。


首都高を乗ったのはいいにしても、いつも降りているICを通り越し、更には東京という土地まで過ぎ去ってしまった。


「神崎家には帰らないよ」


斜め向いに座る玲くんが腕を組みながら、にっこりと微笑んだ。


「え、じゃ何処に行くの? 櫂の家も方向違うよね?」


「横須賀の南にある人工都市、"約束の地(カナン)"だ」


長い足を組みながら、隣に座る櫂が答えた。


"約束の地(カナン)"、噂には聞いたことがある。


誰もが近寄れない、海に浮かぶ要塞のような都市だとか。


"区"を貰っても私有地という矛盾が、堂々とまかり通ってしまえるおかしな事態に、金さえあれば何でもありだね、などと弥生と一緒に嘲笑った記憶が蘇る。


「何でまた、そんなとこに? というか、入れるの?」


「門が開放される。緋狭姉の命令だ」


真向かいでそう言い放った煌は、完全不貞腐れ顔で窓から流れる景色を見ている。


「……っくしょう。緋狭姉が来なければ今頃……」


何だかぶつぶつ聞こえてきたけれど、内容までは判らない。


やっぱり、煌は機嫌が悪い。


「あたしこんな格好なのに……」


長袖のトレーナーにジーパンという、完全部屋着風。


これで旅行なんて、あまりに恥ずかしすぎる。


「お前の荷物は緋狭さんから預かっている。気になるなら、横須賀から船に乗った時にでも着替えろ」


「それは有り難いけど……櫂、荷物って何? そんな大がかりな旅になるわけ?」


「予定では2週間さッッ!!!」


由香ちゃんは顔に満面の笑みを浮かべている。


「さすがは神崎の姉御ッ!! 神だな~あのチケット取れるなんてさ」


姉御…とは緋狭姉のことだろうか。


またしても、"神"と賞賛されている我が姉。


病み上がりの妹を2週間も長旅させるとはどういう了見なんだろう。

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