あひるの仔に天使の羽根を
かつて黒船が来航した神奈川県の軍港――。
公園を横切り、車は横須賀港の近くに停められた。
港には、小さな軍艦を背景に、一隻の大きな客船が浮いていた。
櫂達は躊躇うことなくその船に乗り込み、あたしも彼らに続いていく。
皆結構な荷物だ。特に由香ちゃんが凄い。ボストン4つにキャリーが2つ。
緋狭姉が用意したあたしの荷物の3倍だ。
こういう時男手は便利で、女の子は手ぶらで気楽なものだ。
世界一周するような豪華客船まではいかないけれど、昔乗った1泊2日の客船よりは随分立派で大きい気がする。
そうか、この船が目的地に届けてくれるんだ。
どれくらいでつくのだろう。
「ああ。潮の関係で遠回りして入り込むらしいから、3時間はゆうにかかるだろうな」
櫂の返答にあたしは驚いた。
「さ、3時間にこの豪華さ!? カジノルームや風呂とかついているじゃない。何あのシャンデリア、何あの赤絨毯。さっき出迎えてくれたのはシェフ? 執事? メイド? 何処の移動高級ホテルよ、ここッ!!!」
少し怒ってしまったあたしに、玲くんが笑いながら言った。
「たかが3時間だけど、目的地にどんな名士が集うか判らない。招く人物が人物だけにね。そこに仮にも紫堂の次期当主が、オンボロ小舟にゆらゆら揺られて現れるわけにも行かないだろ?
まあそんな見栄も理由の1つ、あとは警護のためかな。櫂はいつどこで誰に狙われるか判らない。だとしたら、やはり自分の処の持ち物の方が安心だろう? あのリムジンやベンツみたいにさ」
玲くんは丁寧に説明してくれたけど、
「持ち物って、この船も紫堂財閥のものなの!?」
「いいグレードのものは、急すぎて手配出来なかったけれどね。ああ、ここの従業員は全員、紫堂の警護団の面々。僕や桜、煌の配下と思ってね。ちなみに、この船には僕達以外乗客はいないから、ゆったりしてね」
「!!!」
駄目だ。
庶民の感覚は、ついていけないものがある。
やっぱり櫂や玲くんが居る環境って特殊だ。
「芹霞。部屋で休んで来なくて大丈夫か?」
櫂があたしを気遣ったように、顔を覗き込んできた。