あひるの仔に天使の羽根を
「大丈夫よ、玲くんのおかげで前みたいに元気」
そう笑うと、櫂は少しだけ寂しそうな顔をした。
櫂は――
2ヶ月前から、密かに元気を無くしている。
あたしの体調を気にする癖に、元気だと答えれば途端に憂えた翳りに覆われる。
櫂はあたしの苦しみを望む奴じゃない。
しかもあたし限定で、彼特有の"自信"の精彩さが欠いている。
多分――だけれど。
あたしはトレーナーの中にあるネックレスを服の上から掴む。
昨日――。
あたしは予想外にも嬉しい退院祝いを貰った。
煌からの黒尖晶石(ブラックスピネル)に、玲くんの金緑石(アレキサンドライト)、そして櫂からの血染め石(ブラッドストーン)。それを1つに結んでくれたのは桜ちゃんで。
櫂に返したはずの血染め石の片割れは、あたしに還った。
――芹霞ちゃあああん!!
あたしは爪先立ちして片手を上げた。
櫂の身長は、異常発育した煌よりは低いが、180cmはゆうに超える。
あたしは伸ばした手を櫂の漆黒色の頭にのせて優しく撫でる。
櫂の髪はさらさらとして柔らかく、指に絡まってもすぐ解ける。
気持ちがいいこの髪の手触りだけは、8年経っても変わらない。
「せ、芹霞?」
櫂が珍しく驚いた声を出す。
これは8年前、泣いている櫂によくしてあげたものだ。
頭を撫でると櫂はすぐ泣き止み、天使のようなふわりとした笑顔を見せて「芹霞ちゃん大好き」とあたしに抱きついてきたが、さすがに今の櫂はそうはならない。
櫂はあたしの意図に気づいたようで、端正な顔を不快そうに歪めてあたしの手を払おうとしたけれど、あたしは構わず、無理やりになで続けた。
手を払われたのが、少しばかりショック。
やはり、櫂の心は8年前と違ってしまったのか。
皆、あたしの行動の意味が判らないらしく、神妙な顔でじっと見ている。
「櫂、あたしは本当に櫂を感じていたからね。
あたしにとって、櫂がいたあの感覚は紛れもない真実だから」
抵抗をやめ、切れ長の目は静かにあたしを見た。