あひるの仔に天使の羽根を
視線を元に戻せば、やはり誰もがあたしから目を背けている事態には変わりなく。
由香ちゃんなんて、両目が完全三日月状態で"むふふ"だけ言うと、スキップでカジノルームへ行ってしまい、あたしは溜息をつきながら残る3人に言った。
「あたし服着替えてくる。…って、荷物、煌が持っていっちゃったか。じゃあ煌を探すか」
「え!? 煌の処……?」
意外に戸惑った声を発して、こちらの世界に戻ってくれたのは玲くんで。
「櫂、あいつ……更に煽られ、暴走しないかな」
「……。まあ……昨夜からの落胆ぶり。放って置いても暴走しそうだしな」
またもや、あたしは取り残された。
拗ねて口を尖らせた時、突然櫂の声が向けられた。
「芹霞。譲歩で10分だ。10分で必ずお前を迎えに行く。いいな」
「へ?」
訳の判らぬまま、力強く念を押され、
「暴走止めの空気抜きか。ふう、また暴走されたらそっちはそっちで困るし。
ねえ、芹霞。僕はまだ覚えているけど、君は早く完全に忘れてね?」
にっこり笑う玲くんの鳶色の瞳に、何か冷たいものが一筋横切った。
示唆されたものに気づいてしまった。
多分――
煌とキスしたことを言っているのだろう。
うわ、やば。
何で玲くん思い出させるのかな、煌のとこ行けないじゃない。
「……」
「な、何……櫂?」
「……」
「い、一体何よ?」
「……」
櫂は知らないはずなのに、どうして見透かしたような、詰るような眼差しを向けてくるんだろう。
あたしは知らず知らずに後退る。
迫り来る凍てついた威圧感に思わずよろけそうになった時、いつの間にやら後方に回り込んで移動した玲くんに羽交い締めされるように支えられて――そして耳元に囁かれた。
「ねえ――
"あれ"を見た僕が、君にどうしたか覚えてる?」
それは櫂に聞こえないような、甘みを帯びた声色で。
「!」
「――可愛かったよ?」
「!!!」
あたしは顔から火を噴きながら、玲くんを振り切って2階にあがった。