あひるの仔に天使の羽根を
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そして部屋には、あたしが残り。


あたしは煌の介護に徹する。


拭いても拭いても湧き出る滝のような汗。


もがき苦しむ煌の姿は、尋常ではない。


声をかければ少し落ち着くけれど、それで症状が改善される訳ではない。


解熱剤も鎮痛剤も効かない煌の肉体。


今まさに、腐って落ちるかもしれない有様の左腕。


こんな時、玲くんの回復出来る結界というものが如何に凄いものだったのか、思い知らされる。


だけどそれ以上に歯痒い思いをしているのは、その力を揮(ふる)えない玲くんだ。


あたしが彼を外に出したのは、実は他にも理由がある。


"神格領域(ハリス)"に煌を救う手段がないのなら、"中間領域(メリス)"はどうだろうか……そう思ったから。


式典は"中間領域(メリス)"にも近いというし、何よりあの忌まわしい女が宗教的な装飾品を誇示していたのなら、怪しげな宗教蔓延るという"中間領域(メリス)"に何か謎を解く鍵がないだろうか。


ない頭で必死に考えた結論。


あたし達が襲われるかもしれない可能性と、

煌を助けられるかも知れない可能性。


今。


どちらの可能性が高くて緊急性があるかを考えれば。


このまま黙って此処に居ても、煌の腕が落ちるのをただ眺めるだけになるならば、多少のリスクは覚悟しても、可能性に縋る方が得策だ。


それくらい、煌の状況は切羽詰っている。


もし玲くんが、それでもあたし達の安全を優先するのなら、あたしは1人でも"約束の地(カナン)"を逡巡する覚悟だった。


聡い玲くんは。


ゲームオタクの顔をして、

何も気づいていないふりをして。


行ってくれた。



――僕達がこの棟で須臾に匿われている限り、"断罪の執行人"は手出しができないらしい。そして昼間という時間も然り。まあ……須臾の話を信じれば、だけどね。



玲くんは、須臾には懐疑的だ。


櫂とは大違い。


だからあたしは櫂じゃなく、玲くんに託すんだ。


煌を助けられる手がかりを。





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