あひるの仔に天使の羽根を
あたしは隣の部屋に居る桜ちゃんの様子も見ることにした。
桜ちゃんはソファに寝かされていた。
目を瞑っている可愛らしいその顔も、苦悶に歪み。
頬にへばりついた長い黒髪を手櫛でとけば、色味がない頬が露わになった。
そして気づく。
頬には涙の痕。
桜ちゃん、無意識に泣いてたんだ。
桜ちゃんは滅多なことで感情を出さない。
長年一緒に過ごしてきたあたし達でさえ、見せる感情は少しだけ。
ただ煌に対しては、別人のような言葉使いで激しく罵る。
煌には悪いけれど、多分それで桜ちゃんは自分の均衡を保ってきたのだと思う。
立場的には、櫂に仕える同格の身上。
しかし性格は大違い。
例えば桜ちゃんは強さはあるけれど感情はなく。
煌は感情はあるけれど強さはない(と奴は思っている)。
桜ちゃんは理性派で、煌は感情派(何も考えていないことが多いけれど)。
だからこそ、自分にはないものに揺さぶられる煌を見ると苛つくのではないだろうか。
そして。
そんな相手を否定することで、自分の正当性……存在意義が認められる、みたいな。
"ないもの強請り"の"嫉妬"をひた隠しにして。
煌のような生き方を、桜ちゃんは望んでいるんじゃないか。
否定する事柄こそが、桜ちゃんの羨望。
あくまでそれは、あたしの推測だけれど。
「ごめ……さい。……様……」
桜ちゃんが悪いわけではないのに、
それでもうなされるほどに思い詰めてしまう、責任感強い紫堂の警護団長。
もっともっと、気楽に生きてもいいはずなのに。
「…か…ん」
やや紫がかった唇から、何かが漏れた。