あひるの仔に天使の羽根を
 

昔、緋狭姉が煌に言っていた。


――寝込みの奇襲に対処出来ぬのなら、東京タワーの天辺から両手両足鉄鎖で縛り上げた上で、100Kgの鉄球2つつけて思い切り投げ落とす。


その寝込みの奇襲が誰によって、どんな風に為されたことかは置いておいて。


煌が今生きているということは、地獄の試験に合格したということで。


不合格だったら……桜ちゃんの言葉を借りれば「潰れ蜜柑」だ。


ホラーだ。


スプラッターだ。


多分、煌がこんなに弱り切っていなかったなら、奇襲(らしきもの)をかけているあたしの命は既にない。


くいっと瞬殺されている。


それくらい出来る男だ。


「ち、窒息す……煌、ギブギブ!!!」


右手があたしの後頭部を押さえ込み、あたしは煌の胸板から身動き取れない。


ばっちんばっちんと胸板を平手で叩き、ギブアップの身振りを表現するが、意識朦朧としている煌が理解できるはずもなく。


煌の筋肉の盛り上がりは、そこいらの少年のものとは違う。


やはり身体を使う仕事を生業としているだけあって、更に緋狭姉の日々修行の甲斐あって、櫂や玲くんのものとも違う。


鍛え上げられた肉体という点では同じだろうが、筋肉の盛り上がり率でいえば煌が1番だ。


桜ちゃんは……見たことがないから判らない。


しかし如何に筋骨隆々とはいえ、ボディービルのムキムキの異様さはない。


あたしの完全許容範囲内。


――馬鹿犬。お前、また私が課した毎日の鍛錬を怠り、甘味ばかり取っているな?体脂肪を落とせと、言ったはずだがな。


だけど無駄なお肉というものが、見る人が見れば煌の処にもあるらしく、それを小姑のように目敏く見つけて威嚇する緋狭姉に、


――芹霞~ッ!! 腹筋が毎日1000回追加になったのは、お前のせいだからなッ!!!


菓子(スイーツ)バイキングに喜んで付き合う煌が悪い。


煌はよくあたしのせいにするけれど、絶対甘いもの好きだ。


緋狭姉は、どんな姿を煌に求めているのか判らないけれど、あたしにしてみれば、煌の肉体はもう十分鍛えあがっていて、筋肉だけでも窒息死させられると思う。



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