あひるの仔に天使の羽根を
何かに呼ばれたような気がして周囲を見渡すが、誰も居ない。
まただ。
最近――入院最中にもたまにあった。
丁度見舞いに来た緋狭姉に笑って言ってみたら険阻な顔をされ、そして次に渡されたのは、赤い袋に入った小さいお守り。
何でも霊験豊かな"悪霊退散"の札が入っているという。
彼女特有の笑えない冗談だろうけれど、棄てるに棄てられず、冗談ではない可能性も残る限り、今も尚携帯するはめになっている。
それでもあたしには、出所不明のお守りよりも、櫂の血染め石の方が、属性たる闇を払う力がある気がする。
実際、払い続けてくれた凄いものなのだし。
本当に幽霊か、精神的起因によるものか。
現実世界であたしを"せり"とは、誰も呼ばない。
"せりちゃん"と最初に呼んだ櫂でさえ、呼称を訂正させた程だ。
"せり"なんて、気安い呼び方はされたくない。
些細だけれど、名前の拘りは昔からあった。
櫂に出会った瞬間から、櫂にだけに求め続けた特別性。
それは永遠の絆であり、運命であり。
だけど踏み込ませたくない領域も確かにあったのだ。
それが何に起因しているのかは判らないけれど。
我武者羅に――
櫂に永遠性を願い、
一心不乱に――
刹那の恋愛を否定する。
それは切迫観念にもよく似ていて。
それはおかしいと弥生は言うけれど、あたしには何がおかしいのか判らない。
あたしと櫂との絆の強さは、誰に理解されなくてもいい。
あたしと櫂さえ判っていればそれでいい。
そう思うのに。
櫂に不要にされたら、あたしはどうしていいか判らない。
やはり――。
毛色の違う、飛べない鳥は……美しく羽ばたく白鳥には、見向きされなくなっちゃうのかな。
気分が沈む。
駄目だ、こんなんじゃ。
深呼吸をしてから思い切ってドアを開け、案の定深い翳りに覆われている端正な顔に笑いかける。
「お待たせ~ッ!!!」
「……行くぞ。玲と桜が遠坂の餌食になっている」
櫂はあたしの方を見てくれなかった。