あひるの仔に天使の羽根を
 

すたすたと、あたしの前を1人先に行く冷たい後姿に、あたしは思わず櫂の腕をひく。


「ね、ねえ櫂。一緒に行こ?」


それはまるで8年前の、置いてけぼりを嫌う櫂の姿のように。


――芹霞ちゃあああん!


泣き出したい気分で縋り付く。


8年前にあたしに縋り付いてきたその腕に、8年後のあたしは必死に縋り付く。


「櫂。置いていかないでよ」


すると櫂は足を止め、ため息をついてから、天井を仰ぎ見る。



「悪い――…。

余裕…ないんだ、俺…」


ぼそり、櫂が呟いた。



「判っていても駄目…なんだ。

実際…あんな場面みせつけられると、煌でさえ手を上げたくなる。……殺したいと、思ってしまう」


「え?」


「お前は……何で拒まない?」


それは責めるような眼差しで。


辛そうに顔を歪めた櫂は、片手であたしを乱暴に壁に押し付けると俯いた。


さらりと漆黒の髪が零れ落ち、風に吹かれて揺れ始める。


櫂の背景に広がるのは、荒れた海原。


雨でも降ってきているのか、暗い空から吹き込む潮風が冷たい。


風が強いのか、船の揺れが大きい。


「お前は……


俺だけ見ていられないのか?」


櫂が顔を上げた。


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