あひるの仔に天使の羽根を
「葉山、葉山ッ!!
大変なんだ、師匠が大変なんだよッッ!!」
巫女服を着た遠坂由香は、私の肩を掴んで、息も切れ切れにそう叫んだ。
「!!?」
玲様がどうしたというのか。
「式典に、船のあの女が現れて、師匠は紫堂を護ろうと、うっかり公衆の面前で"男"見せてしまって……。本当は神崎の異変を感じて飛び出そうとしたんだけど、それを紫堂に譲って、あの女から力尽くで解毒剤を奪い取って。そ、それはそれは悪人のような顔で、それはそれはもう……」
玲様は。
本当は芹霞さんの処へ行きたかったのだ。
その鬱憤が爆発したのだろう。
拷問にかける時の、"あの顔"をしたに違いない。
それを思い出したのか、遠坂由香はぶるりと震えると、怪しげな緑色の液体が入った小瓶を取り出した。
「これが、その"解毒剤"みたいで、師匠はボクに投げて寄越したんだけれど」
女を信用すればの話だ。
いかにもこの胡散臭過ぎる色の液体。
大体、そんな簡単にあの女が手放すだろうか。
それでも。
煌曰く"えげつない"状態になった玲様ならば、あの残酷さによって、半ば強硬的に目的を果たせられたのかも知れない。
あの状態の玲様は、いつもの穏やかさや優しさは皆無だ。
玲様は二面性を持っている。
それを知らないのは、芹霞さんだけで。
それを見せようとしないのは、芹霞さんだけで。
「その時の師匠が完全に、鬼のような"男"になっちゃって、もうどう見ても女じゃなくなって、性別偽っていたのばれちゃって。幸いにも式典は盛り上がっていたから、全員が全員気づいたわけではなかったんだけれど、それでも黄色い神父服を着た音達が大勢詰めかけて」
――虚偽…しかも男とは、断罪に値するッ!!!
――"断罪の執行人"の裁きまで監獄へ連行する!!
「師匠、連れて行かれちゃったんだよ~ッッッ!!!」
私は目を細めた。
「玲様は抵抗しなかったんですか?」
「出来ない程、大勢だったんだよ!!!」
「どれくらい?」
「20人くらい、かな?」