あひるの仔に天使の羽根を

・縹渺 櫂Side

 櫂Side
***************


頭が――


理解することを拒否した。



芹霞を護っているはずの玲がこの場に居ることよりも


俺の血染め石が嫌な気を発したことよりも。


俺自身が感じた"嫌な予感"。


身体がもっていかれそうな、とにかく耐え切れぬ衝動。



芹霞に何かがある。



それは凶兆。



行かなくては。


芹霞の元に行かなくては。



とにかく嫌な予感に、


俺は走って。ひたすら走って。


荏原の運転した車が、"境界闘技場(ホロスコロッシアム)"と呼ばれる会場に直進だけしていたのを知っているから、とにかく"神格領域(ハリス)"へは真っ直ぐに戻れば、行き着くと。


車内で俺は須臾の絡みに辟易していて、窓のカーテンを開け景色を見る気力さえ萎えていたが、"中間領域(メリス)"との間の場所で式典は開催されると聞いていたから。


だから俺はひたすら走ったのだ。



嫌な予感。




それが――


芹霞に対するものではなく、


俺に対する凶事であると、その時の俺は全然考えてもいなくて。



芹霞を護るのは俺だと


芹霞は俺を待っていると


そう――


それは昔からの不変の関係であったから。


必死で俺の精神を研ぎ澄まし、芹霞の気を追って、行き着いたのは温室。


俺の芹霞は、他の男に組み敷かれていて。


凍った時間。


俺の芹霞に触るな!!


渾身の力を入れた拳。



しかし――男に最小限の衝撃しか与えられなかった不可解さを


その時の俺は考える余裕もなく。



ああ、そんなことよりも。



――助けてくれてありがとう。もういいよ、須臾さんとこ戻って?


俺の姿を見ようとしなくなった芹霞。


他人行儀な芹霞。


その顔は、能面のように無表情で。


口許だけが、社交儀礼的な笑みを浮かべて。


目が――虚ろで。


俺を視界に入れようとしない。
< 382 / 1,396 >

この作品をシェア

pagetop