あひるの仔に天使の羽根を
僕だって過去、僕の心を満たす相手だと信じて付き合った女性はいる。
それでも僕から離れていってしまった。
――貴方は私を見てくれないのね。
僕の方こそ言いたかった。
"君は本当の僕を見ようとしてくれていたの?"
誰も"僕"に気づかず、"僕"は眠り続けたままで。
僕は哀しみに喘ぎながら、笑いの仮面を被り続けた。
それに気づいてくれたのは、幼い芹霞で。
"僕"は――目覚めた。
そして判ってしまった。
僕の心を身体を、充足できるのは、この少女だけだと。
そして2ヶ月前。
――僕に……応え……て?
それを体感してしまった。
あれだけで。
確信してしまった。
僕が望むものが、やはり芹霞にあるのだと。
「そうか、そうか。可愛がってやるぞ、ん?」
欲に満ち過ぎた男の顔は、こんなに醜いものなのか。
僕は迫り来る男を見つめながら、僕もこんな顔をして芹霞に迫ったのかと思えば居たたまれない。
芹霞の前ではもう"優しい"僕でいられないのなら、
せめて"嫌悪されない"僕でいたいと思う。
理性が残っていたらの話だけど。
「もっと――来て?」
僕は自由な限り手首を揺らして優しく手招き、そして男を僕の胸元に誘い、抱きしめるように両手を背中に回し――
男から鍵束を引き抜いた。
男のかざついた唇が僕の鎖骨に当たる感触。
全身総毛立つ不快感に懸命に堪えながら、男の背中で素早く鍵を外し――
「この調子に乗るなッッ!!!」
僕は、男の鳩尾に思い切り拳を入れた。
めりという肋骨が砕けた音を響かせながら、男はそのまま天井に背中を叩き付けられ、そして垂直落下する。
僕の怒りはまだまだ消えていないけれど。
それでもぐっと我慢して。
僕は気持ち悪い鎖骨をごしごしと手で拭った。