あひるの仔に天使の羽根を
それ以来だ。
桜が僕だけに懐くようになったのは。
笑うことはないけれど、敬意を示して僕の指示に従うようになった。
僕が、次期当主ではなくなっても、今も尚桜は僕に従ってくれる。
本来桜の主は櫂で、僕はただの上司にしか過ぎないけれど、僕を櫂同様に敬う桜。
その姿勢は何年経っても、女装をするようになっても変わらない。
しかし時折覗く冷酷さ。
それが消えていないことは事実だ。
丸くなったとはいえ、桜の心には未だ暗澹たる闇がある。
僕でさえ拒む深い闇がある。
そんな桜が唯一素を見せるのは煌だ。
紫堂に純粋培養され孤独に生きてきた桜と、過去はどうであれ緋狭さんに従事し芹霞と櫂の幼なじみとして…言わば鳴り物入りで桜と同格の地位となった煌。
生真面目な桜と、楽天的な煌。
感情が乏しい桜と、感情が顔に出やすい煌。
どこまでも対照的な2人。
僕は知っている。
桜は煌の天真爛漫さに憧れを抱いている。
だから毛嫌いしているようでいて、どんな時も煌を見捨てない。
本当に桜が煌を嫌っているならば、今頃煌の命はないはずだ。
即座に切り捨てるだけの冷酷さを持っている。
そのことに、桜はまだ気づいていないようだけれど。