あひるの仔に天使の羽根を
矛先を向けられたのは、端麗な顔をした白皙の青年。
鳶色の瞳と同色の髪を持つ20歳の彼は、物憂げで儚くも見える美しい微笑に、最近頓に妖しげな色気を併せ出している。
名は紫堂玲(しどうれい)――二つ名は『白き稲妻』。
「片付け嫌いの煌が、この神崎(かんざき)家をここまで綺麗に掃除しているということは、魂胆があるとしか考えられませんね」
彼は僅かに毒を混ぜた。
「なッ!!! お、俺は別に、明日から芹霞とずっと2人きりの生活に浮き立ってねえし、芹霞が退院したから先手必勝……なんて心躍ってねえぞッ!!! せ、芹霞は綺麗好きだし、退院して埃でも溜まっていたら、精神衛生上よくねえって……」
真っ赤な顔で目だけ泳がせる少年に、鳶色の瞳は冷たくすっと細められた。
「……煌。
抜け駆けは――させないよ?」
それは温和な姿からは程遠く。
どこまでも低い、"えげつない"声の響きで。
「れ、玲だって、2ヶ月も芹霞を独占してたじゃねえかッ!!!
それは抜け駆けって言わねえのかよッ!!!」
「僕は医者、芹霞は患者。崇高なる献身精神を穢さないで欲しいな。
確かに僕の本業は医者ではないけれど、この2ヶ月の僕の立場を邪推するつもりなら、僕はお前の上司らしく、力で判らせてやろうか?」
「玲~!! 拷問にかける時のような薄ら笑いをするなッ!!! 誤解だ、誤解ッ!! だからその殺気を消せッ!!」
剣呑となった空気の中、
「…本当に腐った馬鹿蜜柑ですわ」
そう呟いたのは、腰まである長い黒髪を2つ結いした、全身黒尽くめの美少女――性別は少年、16歳。
漆黒のゴスロリ調の服を好み、両手に同じ黒色をしたテディベアを抱く、名は葉山桜――二つ名は『漆黒の鬼雷』。
甘ったるい声を発し、ロリマニアには生唾ものの可憐な顔をしているが、たまに大きな黒い目がくりくり動くこと以外、その表情の変化は乏しい。
「ほう、"誤解"か。では、私も邪魔者もいない…そんな機会を棒に振り、玲や坊に靡く芹霞を温かく見守るつもりだな」
「~~ッッッ!!!
緋狭姉~ッ!!!
久々に会う俺で遊ぶな~~ッ!!!」