あひるの仔に天使の羽根を
「ねえ、芹霞。……僕は?」
玲様が、美しい笑みを浮かべて芹霞さんに近づいた。
芹霞さんは鼻息荒く、玲様に言う。
「玲くんもめちゃ綺麗ッ!!! 天使様っ!! これぞ御姉様よね。御姉様って本来、こんな感じよね!?
あたしイケない世界にハマりそう」
芹霞さんは私ではなく――玲様に抱きついた。
「いいよ、思い切りハマって?」
包み込むように抱き留めながら優しく微笑む玲様。
「僕だけに溺れていて?」
その鳶色の目には、"男"の情欲が見え隠れしていて。
冗談とも取れないその言葉は、少し掠れていて。
ちくっと心の奥が痛む。
何だろう、これは――。
「いっそのこと、戻っちゃえば?その格好に」
遠坂由香がこっそり耳打ちした。
「身体と心は、一心同体。
人間なんてね、擬態する生物なんだよ?」
何と意味ありげに――。
「君が望むのは、女? 男?」
私は――…
「迷いがあるならまだその格好していなよ。
姉御も結構気にしていたからさ」
「緋狭様が…?」
「師匠は……複雑だろうね」
伺い見る玲様は。
今まで以上に芹霞さんに触れていて。
芹霞さんも嬉しそうに触り返していて。
遠坂由香の時もそうだけれど、女というものは同性で接触することに抵抗はないらしい。
同性だと錯覚を起こす程、玲様は完璧な美女で。
櫂様も煌も苦々しい面持ちで見ているけれど、どこからどう見ても美人姉妹に、男の姿を見せる私達には介入出来ない、独特な雰囲気がある。
何とも複雑な思いで眺めるしかなくて。
その時。
がくんと船体が激しく揺れ――。
「何!?」
船内の照明が全て消えた。
「……置き土産か」
櫂様が愉快そうに呟いた。
「自動操縦は効果ない。このままだと、船は沈むだろう。
そこまでして、近づけたくないらしい。
カナンに――」
外は――
激しく降りしきる雨音がしていた。