あひるの仔に天使の羽根を
・晩餐 櫂Side
櫂Side
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目の前に、厚切りのステーキ。
殆ど生(レア)で、血が滴った色合いだ。
正直腹も空かず、食べるという行為自体を放棄したい心境の俺には、食指がまるで動かない苦痛のメインディッシュに辟易し、あまりの胸悪さに退室したい気分だった。
「あら。お肉はお嫌い?」
俺の様子から今どんな状態なのか判っているくせに、樒は意地悪い笑いを顔に浮かべて、ナイフとフォークで厚く切った肉の塊を口にした。
くちゃくちゃという咀嚼音。
当主らしからぬ下品な食べ方は、わざとに違いない。
肉の血が緋色の唇に僅かに流れ出て、俺を愉快そうな目で見ながら、下唇を蛇の様な舌で嘗め回した。
「やはり、雄の肉はおいしいわね」
そして膝にある白いナフキンでその唇を拭き取る。
「ねえ、紫堂さん。貴方も色々と美味しいお肉を食してきたと思うけれど、此の世で一番美味しいとされる肉は何だか知っている?」
俺がナイフで肉を切った時、樒は唐突に質問してくる。
「それは――人間の肉よ。
独特の臭みがあるから香料などで加工した方がいいと言われているけれど、通には"生"が一番なんですって。
こんな風に食べるのがいいのかしらね?」
俺の手の動きが止まる。
「あらお食事中におしゃべりをしてしまってごめんなさい。
どうぞ私に構わず食べて? 美味しいわよ」
わざとだ。
わざとそんな話をして、俺の反応を愉しんでやがる。
だから俺は。
ナイフとフォークを置いて、にっこりと笑って言った。
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目の前に、厚切りのステーキ。
殆ど生(レア)で、血が滴った色合いだ。
正直腹も空かず、食べるという行為自体を放棄したい心境の俺には、食指がまるで動かない苦痛のメインディッシュに辟易し、あまりの胸悪さに退室したい気分だった。
「あら。お肉はお嫌い?」
俺の様子から今どんな状態なのか判っているくせに、樒は意地悪い笑いを顔に浮かべて、ナイフとフォークで厚く切った肉の塊を口にした。
くちゃくちゃという咀嚼音。
当主らしからぬ下品な食べ方は、わざとに違いない。
肉の血が緋色の唇に僅かに流れ出て、俺を愉快そうな目で見ながら、下唇を蛇の様な舌で嘗め回した。
「やはり、雄の肉はおいしいわね」
そして膝にある白いナフキンでその唇を拭き取る。
「ねえ、紫堂さん。貴方も色々と美味しいお肉を食してきたと思うけれど、此の世で一番美味しいとされる肉は何だか知っている?」
俺がナイフで肉を切った時、樒は唐突に質問してくる。
「それは――人間の肉よ。
独特の臭みがあるから香料などで加工した方がいいと言われているけれど、通には"生"が一番なんですって。
こんな風に食べるのがいいのかしらね?」
俺の手の動きが止まる。
「あらお食事中におしゃべりをしてしまってごめんなさい。
どうぞ私に構わず食べて? 美味しいわよ」
わざとだ。
わざとそんな話をして、俺の反応を愉しんでやがる。
だから俺は。
ナイフとフォークを置いて、にっこりと笑って言った。