あひるの仔に天使の羽根を
鍛えられた肉体。
道化のような振る舞い。
何の必要があって?
遊蕩じみた振る舞いに隠されているものは何だ?
何で芹霞を"せり"と呼ぶ?
何で芹霞は"せり"と呼ばせる?
あいつに芹霞を近づけさせてはならない。
その警戒心はますます強くなっている。
この食堂に来るまで、桜の世話をしてくれたのは荏原と千歳だった。
須臾の棟に居るということがばれた俺達は、樒の命令で拠点を各務家に移した。
ゲスト棟に居ては、桜の容態が急変したら即時対応出来ないという千歳の配慮で、従医が寝泊まりする本家の空き部屋を使わせて貰えた。
従医は、須臾の棟で診察した初老の男ではなく、とても若い美形の男だった。
各務家には2人いるらしく、先程はたまたま若い従医が不在だったらしい。
若い方が各務家の正式な従医で腕がいいらしく、初老の方は臨時扱いらしい。
艶ある長い黒髪は後ろで1つに束ねられ、眼鏡越しのアーモンド型の目が鋭く。
医者らしからぬ特異の威圧感を放つ従医に思わず俺は目を細め、警戒の態勢をとってしまったが、それを制したのは荏原と千歳と、そして遠坂だった。
その従医の見立てでは、桜の傷は思った以上に酷く、しかも絶対安静状態だったのに動いた為に怪我が悪化し、通常の鎮痛剤では強いものでも効果は1時間が限界らしい。
ボルタレンを投与して駄目なようなら、モルヒネを打つしか痛みを抑える薬はないらしい。
それも一時凌ぎというものだけで。
玲の結界があれば、そんなものに頼らずに回復出来たのに。
ベッドの上で、無防備なくらい蒼白な顔の寝顔を晒す桜を見ていたら、そこまでの傷を我慢させていた俺の不甲斐なさと、そんな桜の状態を気づき得なかった自分への怒りが湧いてきた。
どうして意識を飛ばす前に、俺は桜の変調に気づいてやれなかったのか。
晩餐には遠坂も誘われていたが、どうしても詳しい介護方法を従医から聞きたいということで、俺だけが千歳と共に荏原に食堂に赴いたというわけだ。