あひるの仔に天使の羽根を
「……ごべんなざい」
殊勝に謝ったというのに、もう目も鼻も凄いことになっていたみたいで、そんなあたしを少し体を離して見た煌は、失礼にもげらげらと笑い出した。
それは心を許した者にしか見せないあどけない笑い顔で。
「じづれいなやづ~」
あたしは煌の服で思い切り鼻をかんでやった。2度も。
「お前~ッッ!!! かぴかぴになっちまうじゃねえかよッ!!!」
煌が何やら怒っていたけれど、知らぬふりをする。
煌は――騒がしいけれど温かい奴だ。
短気ですぐ怒るけれど、面倒見がいい…苦労性の気がある。
不器用で気の利いたことは言えない…やや変態気味の性少年だけれど、少しばかり馬鹿で脳天気な単純男だけど、懸命に口にする言葉は率直で心に届く。
根が素直で純粋なんだろう。
だから緋狭姉も煌を可愛がるんだ。
だからあたしも煌が好きなんだ。
いかに香水の移り香をぷんぷんさせていても。
「ところで。ねえ、煌……此処は何処なの?」
改めて周囲を良く見れば。
高い位置にある、鉄格子のような窓から漏れる月光。
仄かな月明かりに照らされた空間は、むき出しの岩肌で覆われていて。
岩肌にこびり付いているのは……血痕のような気もしたけれど、あえて詳しく考えないことにした。
目の前には、半分錆びた色をした頑丈な鉄の扉。
内側から栓をしている処を見れば、煌がしたものだろう。
此処は何かの部屋なんだろうか。
黴と腐臭が入り交じり、酷く冷え込んでいて、寒気がしてくる。