あひるの仔に天使の羽根を
「――…くそっ!!」
俺は思わず、傍の壁を拳で叩き付けた。
「何も知りもしない部外者が、知ったことを言うな!!!」
俺を支配するのは怒りか?
それとも焦りか?
パラパラと、かつて壁だった物の破片が零れ落ちた。
その物音を聞きつけて、隣室から遠坂が飛んでくる。
「どうしたんだい、紫堂!!?」
遠坂の両目には黒いクマ。
隣室に居る桜を介護する為に、連夜寝ていない。
それなのに俺は、仮眠をしろと遠坂に隣室に放り込まれていた。
寝れるはずがない。
こんなに精神が乱れているのだから。
芹霞が俺の隣に居ないのだから。
遠坂はよくやってくれていると思う。
不眠不休で桜の傍で、汗を拭いたり氷を取り替えたり、桜に水を飲ませたり。
若き従医の進言で、各務当主が男女同じ部屋に居ることを特別許可した。
あの樒が、従医の言葉如きに素直に従うのは不可解さを感じたが、桜が重傷である以上、彼女の気まぐれに感謝するしかない。
桜と同じ部屋にいるといっても、俺はただ、馬鹿みたいに桜の前で座っているだけで。
何かしようと動こうとすれば邪魔だと遠坂に怒られ、かといってただじっとしているだけなのは居たたまれなく、そして苦しむ桜を目にして傍観を貫くだけの自分が情けなく。
やがて、
――葬式のような陰気臭い顔するなら寝てろ、縁起でもない!!
とうとう隣室に放り込まれる始末。
いつも、世話役を玲に任せっきりだったのが今更悔やまれて。