あひるの仔に天使の羽根を
 


遠坂は、ふうと大きな溜息をついて、頭をぽりぽりと掻いた。



「今さ、葉山がこんな状態で、師匠が捕まって。完全回復してない如月がよろよろ神崎追っかけてって。

非常事態なの、判ってるかな。

それを神崎恋しいの一念で勝手に動かれて、もしも紫堂に何かあった時、ボクは皆に申し開きできないよ?

君は神崎が絡むと、突っ走って冷静な判断出来なくなるタイプだし」


――お前は未だ、堕ちることを恐がっている。



「……それか」



「え?」



「温室でお前が伝えた緋狭さんの言葉。

"堕ちることを恐がっている"」



俺は薄く笑った。



確かに――

俺は驕(おご)りすぎていたかもしれない。



言葉にしろ、態度にしろ、"強硬"という明瞭な枷を用いれば、芹霞が振り向くだろうと。


もしくは。


泣いて縋って、俺を理解させれば必ず芹霞が手に入るだろうと。


俺の真実の心に触れたら、絶対芹霞だって心が動くと。


それだけ、強く真剣な想いを抱えているから。


そう俺は。


一方的な想いをぶつけることしか考えていなくて。


俺の想いを純化しすぎていて。


俺にある自信は、今や俺の想いの強さだけだったから。


俺の心を理解させるということは、その自信を固持したまま、俺自身が絶望に沈まないようにするための、俺自身が汚れることのない卑怯な方法で。


芹霞を理解することによって、気づかざるをえない隠された真実が出てくることが恐くて。


だからこその、"俺"が取った…緊急避難めいた皮肉な強硬策。


芹霞さえ変われば、全てはうまく行くと。


芹霞が俺の想いを受け入れないのだとしたら、そこに俺の欠点があるのだと……顧みる余裕さえ無くして、気づこうとすらしていなかった俺の愚かしさが浮き彫りになってくる。


いつから俺はこんなに傲慢になっていた?

いつから俺はこんなに強引になっていた?


ただ純粋に芹霞の喜んだ顔が見たくて。


ただ純粋に芹霞を判りたくて必死で。



8年前の俺の方が、よっぽど芹霞を理解していたんじゃないか?


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