あひるの仔に天使の羽根を
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部屋にノックの音がして、ドアが開かれる。


大きな鼻をした若い少年。


各務千歳がびくびくしながら入ってきた。


「あの……葉山さんの容態は如何ですか?」


千歳は昨夜の晩餐会が終わり、俺が樒や久遠と話し込んでいる間にも、色々と遠坂と共に桜の面倒を見てくれていたらしい。


やたら我が強い各務家の中では珍しい程に"普通"に優しい少年で。


それでもいつも俺に対してこうびくつかれれば、俺も苦笑せざるをえない。


8年前の俺を知れば、恐懼の眼差しは弱くはなるだろうけれど、今の俺の姿だけでは、彼にとって近寄りがたい人種にあたるらしい。


人間には、特に悪意が無くても得手不得手があるものだし、俺自身、初対面から好意的に接されたことが数少ないから、特に不快に思うことはなく。


彼が踏み越えれない一定距離を保ちつつ、俺は笑う。


「目覚めれば動こうとするから、無理矢理寝かせている」


「そう……ですか。早くよくなればいいですね。榊先生の医術は確かですから、提言通り安静にして薬を飲んでいれば、モルヒネなど使わず共いいかと思います。モルヒネはその鎮痛効果は凄まじい反面、多用して頼りすぎれば禁断症状が出て、程度が酷くなれば発狂します。元は麻薬ですから、出来れば敬遠したいものですね」


その目を伏せ、1つ1つ噛みしめるように口にした言葉に、俺は訝しげに目を細めた。


「……そういう奴がいたのか?」


そう、それは何か思い出すような口調だったから。



「ええ、います」


それは真っ直ぐはっきりと。


故意的か無意識的か、現在進行形で。


「極度の感情の起伏により、全身が切り刻まれたかのような激痛を伴う奇病。その痛みを抑えるにはモルヒネの効能も弱いくらいで。生きる為に更に更にと強いモルヒネを常用した結果、精神に異常を来して廃人同様。

それでも人間としての理性がある限り、誰も見捨てられない」


誰のことを言っているのか。


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