あひるの仔に天使の羽根を
 
「それが何故俺だ?」


「……須臾様は、生まれた時から特別な環境にて育てられております。その中で、"男"に紫堂様に興味を持たれ、樒様にそれを宣言なされたのです」


俺は"境界闘技場(ホロスコロッシアム)"での式典前のやりとりを思い出す。


まだ迷っているようではあった須臾の言葉に、馬鹿にしたような樒の声。


そして――。


来賓客の眼差しが変化したあの瞬間。



「そこには俺の意思は認められないのか?」


「ございません」


そう、はっきりと荏原は言い切った。


「……ふうっ。俺はその"誓約"とやらに力を貸さねば、この家から出ることが出来ないばかりか、桜を始めとした誰もが危険な目に遭う可能性を秘めているということか。各務当主の命の元に」


半ば自棄の口調に、荏原からの返事はない。


そこまでの強制力はないだろうと心の何処かで軽んじていた俺は、事態認識の甘さに思わず嗤いたくなる。


――出ていこうとした途端、"約束の地(カナン)"の住人が樒さんの号令で敵になるって思っていた方がいい。


俺1人に矛先が向けられるのならまだいいが、煌や桜を追い詰めた者達が、樒の命令1つで自由に闊歩するようになれば、素人の芹霞はどうなる?


もし俺が断固拒否を貫いたとして、俺がそんな強敵を蹴散らせることが出来るのだろうか。


紫堂の力が使えない、この土地で。


――狙った獲物は絶対離しはしないよ?


あれこれ俺は思い悩んでいたのだろう。


やがて俺の思考を中断させるかのように、荏原が口を開いた。



「……。紫堂様には、特殊なお力があると聞き及んでおります。その血によって秘められた力は、守護石という媒介を得て、その威力を増すとか」


何故――執事如きが知っているんだ?
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