あひるの仔に天使の羽根を
「各務の方々も源流は、紫堂家のものと同じもの。同族は、惹かれ合うか拒絶するかどちらかに。
神崎様に首につけられている石。それが守護石だとしたら、そう簡単には闇に沈むこともありますまい」
――神崎もまた紫堂の縁者、故に交わえる各務の家筋も普通ではない。
確か、緋狭さんもそう言っていた。
しかし見た処、各務の者に特別な力は感じない。
"聖痕(スティグマ)の巫子"などという名称と、尋常ではない美しさを持つ久遠の体術の精通さに目を細めることはあるにしても。
異能力、という点では何も感じられない。
「元々"約束の地(カナン)"の先住者…権威者は、各務ではなかったのです。
しかし突如現れたある方が、各務の選ばれた者に"特別な石"を授けました。それにより各務家は、蔓延していた魑魅魍魎の力を抑え、この地で教祖と同格の"祭祀"と立場を得ることで形式的にも絶対的力を誇ることが出来、今のような秩序が生まれたのです」
「石?」
「ええ。その石は2つあります。どちらか1つでも欠ければ、各務がその力を失うばかりか、この土地自体無秩序の混沌へと戻り、原始の……あるべき姿へと還るでしょう」
「……」
「ははは。これは老人の戯れ言。どうかお気になさらぬよう」
そして俺に目を合わせる一礼して、くるりと俺に背を向けた。
「1つ聞きたい」
そう、俺の予感が囁くから。
「私でお答え出来ますことならば」
銀のワゴンを押して出て行こうとしていた荏原は立ち止まり、微笑んだ。
「"混沌(カオス)"で羽根の生えた双子に会った。双子は、漂流した人間とその娘と接触し、以降顔合わせしていないという。
各務の救世主と同一か?」
「……。お答えしかねます……」
固い顔をして答えた荏原に、俺は溜息をつきながら髪を掻き上げた。
「つまりは。そうであることによる"矛盾点"こそに、意味があるということか」