あひるの仔に天使の羽根を
 

荏原はただ笑うだけで。



「時に紫堂様は、神崎様を手放す気にはなりませんか?」



突然――質問が向けられた。



それは至って真剣な顔で。



「愚問だ。ありえない」


俺は真の心でもって拒絶する。



「もし――貴方の思われている神崎様が、"偽り"だとしても?」



「え?」


「もし――神崎様に忘れられぬ方がいるのだとしても?」


――ただの"代わり"のくせに。


蘇る久遠の忌々しい言葉。


それはいつか見た悪夢の幻影を伴い、再構築されて。


あの夢の中で、芹霞は俺ではない誰かを求めていた。


――そろそろ現実を見なよ、紫堂櫂。


どくん。


意識を失いそうな心臓の痛み。



「ああ。関係ない」


断言した俺の言葉に、満足したように心を痛めているように、相反する複雑な表情をした荏原は、儚げに笑った。


「そうですか……。ならば、私はこれ以上はお話しできません。

ただ……1つ言えることは。

既に動き出したものを、いくら紫堂様とて止めることは命がけ。それだけはお覚悟願いますよう」



そう、ただ意味ありげに言い残して荏原は消えた。




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