あひるの仔に天使の羽根を
「ねえ、玲くん……。先刻の刺客って、誰なんだろ」
不意に芹霞が不安げな声を漏らした。
「正体は不明だけれど、神父服に修道女の服……尚且つ揃いの十字架見れば、堅気の暗殺者ではないことは確かだね」
あの十字架は。
昨日、桜が持っていたものと同じだ。
貰い物だと言っていたけれど、桜と宗教の結びつきは考えにくい。
十字架と蛇。
何と怪しげな組み合わせなのか。
僕は無神論者ではないけれど、神を信じているわけでもなく。
全てを諦め生きてきた時から、僕には神に頼ることはなく。
結局の処、自分を護るのは自分だけなのだと考えていた時点で、僕は桜と同じ領域に生きている。
だから――。
桜が、己の力以外に信頼を寄せるはずがない。
その桜が未だ持ち続けている十字架に、
破棄できない桜の躊躇に、
一抹の不安を感じるのはなぜなのか。
「ねえ、玲くん……また、聞こえたの」
芹霞が僕を見上げた。
「前に病院で話したよね、"せり"って呼ぶ幽霊の話」
芹霞は胸元のネックレスを手で掴んだ。
「どうしてか――
逃げたあの女の人に、強く呼応したの」