あひるの仔に天使の羽根を
俺は芹霞の指で"4"を作り、耳元に囁いた。
「言え。"力を与えよ"」
その後、耐え切れずその耳朶に吸い付いてしまって、芹霞の肘を脇腹に喰らったけれど。
「…力を与えよ」
芹霞がそれを唱えた途端に、カチリと、まるで知恵の輪が外れた瞬間のような音がして。
下層レベルの無意識領内で俺の身体を消し去るかのような闇の奔流が押し寄せてきた。
"混沌"に押し流される!!!
本能的危機を感じた俺は、緋狭姉の力による結界を強めて半強制的に意識を表層に押し返し、分離した意識を1つに統合し"俺"を強化した。
1秒が命とりのそんな闇の世界。
命からがら逃げ出してきた俺に残るのは焦慮感。
如月煌という存在に戻れた時、俺は船酔いのような気持ち悪さに思わず吐き出した。
背中をさすってくれる芹霞は、特に変調はないみたいで安心する。
芹霞は闇慣れしているからかもしれねえ。
そんな芹霞に醜態晒して情けねえけど、やはりあの闇は俺には大きすぎた。
触りだけの同化でもこうなら。
長い時間更にあの闇に深く同化していたら、俺はきっと気が狂っている。
緋狭姉の腕環がなければ、今頃俺の自我は木っ端微塵だ。
ゴゴゴゴ。
重い扉が開く様を見て、本当に俺は安堵に深い息を吐いた。
時間にして数十秒の闇へのダイブ。
もう二度と触れたくない、虚無の世界に。
「さあ、玲くんの処に行こう」
何度も闇に沈んで、それでも帰還した芹霞の、
この笑顔を穢したくなくて。
「そうだな」
俺は芹霞の手を引いて、眩い陽光が照らす外界に降り立った。