あひるの仔に天使の羽根を
そんな中で。
不必要な僕の廃棄決定の直前。
――お待ちください、父上。
――私には玲が必要です。
侮蔑の眼差し向けた絶対君主に、抗したのは小さな従弟。
かつて養子縁組の話まであった僕を簡単に捨てようとしていた当主に、かつて僕が背負うはずだった"次期当主"の名において懇願した。
櫂だけは僕を見捨てず、必要としてくれた。
だから僕は誓ったんだ。
櫂が僕を欲してくれる限り、僕は櫂の為だけに生きよう。
櫂を穢さないよう、汚いことは僕が全て引き受ける。
櫂がいつまでも輝き続ける為に。
もうこれ以上、僕は望むことはないと。
そんな時、櫂がずっと語っていた想い人を紹介したいと言い出した。
櫂が全てを賭ける程の少女だから、普通ではないとは思っていたけれど。
初対面の僕の両頬を引っ張り、目薬を無理矢理注入してきた芹霞。
その奇抜な行動に、僕は驚いて一瞬だけ素を見せてしまった程。
笑顔が気持ち悪いとか、目が濁りきって死んだ魚の目をしているとか。
無礼だと思うよりもただ唖然。
こんな小さな幼女が、なぜ"僕"の存在に気づける?
こんな初対面で見抜かれる程、僕は出来損ないだったのか?
それならば何故長年、こんな"僕"に誰も気づいてくれなかった?
歓喜と怒りと不安。
しかしそれを表に出す術を知らない僕は、この少女に興味を持つと同時に不安愁訴として僕から突き放した方がいいと思った。
距離を詰めてはいけない。
必要以上に関わってはいけない。
――ねえ、玲くん。御料理教えて? 玲くんのはすごく美味しいから。
――玲くんは女の鑑だね。あたし玲くんいるから心強いよ。
気づいたら僕の立ち位置は、君の保護者。
君を突き放せない僕がいて。
表情をよく変える君を、目で追っている僕がいて。
君の訪問をひたすら愉しみにしている僕がいて。
秘めた"僕"が拡張していく――。
君の存在は特別だった。